【捨てる贅沢】発言を減らすともっと人生は豊かになる

 

東京に来るといつも思うことがある。

 

 

 

 

庶民、うるさい・・・

 

 

 

 

よくもあんな無意味で無価値なことを、あれだけ大きな声で話し続けられるものだ。

 

聞く方も聞く方だ。

 

アタマがおかしくならないのだろうか??

 

あのようなくだらない話をうなづきながら傾聴するなんて、どうみても正気ではない。

 

私は5秒でノックアウトだ。

 

ノイズキャンセリング機能が発達して、庶民のくだらない会話と声が一切聞こえなくなるイヤホンができたら即座に買うだろう。

 

だから東京ではMKタクシーやリムジン、五つ星ホテルのラウンジや部屋に逃げ込むことになるのだが。。。

 

 

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まず、無駄な声を捨てること。

 

「どの声が無駄なんでしょうか?? 有用な声と、不要な声があるということですか??」

 

解説しよう。

 

まず、声というものはそもそも、声帯が振動し、その振動が骨の空間で共鳴して相手に伝わることによって成り立っている。

 

前述したような『騒音』と認識される声というのは、もっぱら60デシベル以上の騒音値であるらしい。

 

具体的には、洗濯機が動いているときの音、掃除機の音などなど。

 

ちなみに、80デシベルの音には、地下鉄の車内の騒音など想像しやすいものから、ピアノの演奏も含まれるから、一概に人が『心地よい』か『うるさい』と感じるかは判別できない。

 

 

ボイトレでは、音量ではなく『音質』にこだわって追求して行く。

 

イタリアのベルカント唱法と呼ばれるオペラ歌手の発声法トレーニングでは、声の『丸み』『輝き』『明るさ』と行った要素を高めて行く。

 

 

「え?オペラってただでっかい声を出すんじゃないですか??」

 

 

そう思われる方が多数であろう。

 

実際、そのように指導する先生も日本・イタリアにはたくさんいるし、確かに声量は歌劇場でとても大切な要素の一つである。

 

オーケストラの音量というのは100デシベルほどであるから、それに負けない声量が必要だ。

 

しかし、それでいて、声単独で観客を魅了する『声質』の良さも求められる。

 

大声でもダミ声では絶対無理だ。

 

耳にキンキンする甲高い声もダメだ。

 

ドラえもんのヒロインしずかちゃんが弾くバイオリンと、世界的なマエストロが演奏するバイオリンの違いをイメージしてもらえればわかるだろう。

 

良い声質と、十分な声量。この絶妙なバランスが本当のオペラなのだ。

 

 

 

 

話をわれわれの普段の話し声に戻そう。

 

つまり、無駄な声とは、人間が『耳障り』『甲高くて聞きずらい』『うるさい』と感じる声質のことを示しているのである。

 

ではどうやってその無駄な声を、『いつまでも聞いていたい!』『聞き惚れる』『心地よい』声に変えるのか??

 

 

 

それがソラオトのボイトレである。

 

 

具体的には、ごく小さな声を聞き分けるトレーニングを行う。

 

例えば「あーー」という声を、自分が発声できる一番小さな声でだす。

 

すると・・・どうだろう? 自分ではどのように聞こえるだろうか?

 

弱々しい?かすれてる?くっきりしている?

 

普段、声をたくさん使っている人ほど、ごく小さな声を出した場合、かすれた声になるケースが多い。

 

なぜか?

 

それは、声帯を酷使していることで炎症が起こっているからだ。

 

筋肉痛が起こるメカニズムと全く同じことで、大抵は声を出さない休憩期間を作ることで改善する。

 

慢性的な声帯疲労が起こりやすい職業は、ダントツで保育士・小学校の教師である。

 

それもそのはず、園児のパワフルで甲高い声に負けず、朝から晩まで声を張り上げるのだ。

 

しかも保育士さんは他の職業に比べ、体がとても小さい女性が多い。

 

がっしりした屈強な男性と比べれば、明らかに声帯だって繊細で弱い。

 

ノドに優しい発声法を習得することが必要だ。

 

そして、その発声法を習得することはそのまま、『声質』を整え高めることに直結するのである。

 

 

 

持って生まれた声を無駄なく使う。

 

武道でも同じだが、達人の動きには無駄がない。

 

なぜなら無駄なんてあろうものなら疲れやすくなるし、その動きの無駄はスキとして相手に認識され、スキをついてやられてしまうのだ。

 

 

 

 

続いて、無駄な発言を捨てること。

 

この二つを比べてみよう。

 

「私ね、あのね、あのね、昨日ね、埼玉の川越っていうところに行ったらね、それでねそれでね、川越って小江戸って言われてるよね、でも小江戸ってなんか古くない?古いわよね?なんかダサくない?ダサいって思われちゃうよね?そうよねそうよね?」

 

 

「川越は和の魅力溢れる街である」

 

 

 

地方のファミレスで主婦たちが繰り広げている会話と、旅行雑誌にプロのライターが書いた一節だ。

 

主婦たちからすれば、前者の発言の方がより親近感が沸くことだろう。

 

論理的思考の強い男性からすれば、前者は聞きづらく忍耐力が必要とされることだろう。

 

前回お伝えした『人は声が9割』の中で、1スピーチ1メッセージというキーワードがあった。

 

人は聞いた話を、聞いたそばからどんどん忘れていく。

 

ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが『忘却曲線』というタイトルで、人の記憶がどのくらいのスピードで失われていくかをモデル化している。

 

そのモデルによると、なんとほんの1日後には74%の記憶がパーになっているのだ!

 

なら、たった一言の発言で、相手の記憶に粘りつく忘れらないキャッチーな発言が必要だ。

 

人間は大別すると、視覚情報優位型、聴覚情報優位型、体感覚優位型の三つのタイプに分けられるという。

 

短い一言がベスト。

 

さらに五感に訴えかけるものであれば、なおさら聞き手の記憶に強いインパクトを与えるということだ。

 

 

そもそも、街に溢れる会話を聞いていると、頭で喋っている人ばかりだ。

 

心がない。

 

そのような無駄な発言をしてしまう理由は何か?

 

それは、自己保身であったり、相手から非難されないようにしていることがほとんどなのだ。

 

ニュースだのワイドショーだの書籍だの他人からの借り物の言葉で、どうして人の心に訴えかけることができるというのか??

 

本当のスピーチトレーニングとは、誰か他人のようにうまくなるトレーニングではない。

 

自分だけのスピーチ、自分ならではの話し方を開発するものである。

 

ただ滑舌が正しいだけの話し方など、すでにAIが実現しているのだから。

 

無駄な発言を減らすと、人生がさらに豊かになる。

 

無駄な声の出し方を捨てよ!

 

そして、ピュアで本質的な自分本来の声・発言を手に入れる。

 

それがボイトレの役割なのである。

 

 

【ボイトレ新規門下生募集のお知らせ】